ステンドグラス〜ガラスが描く世界

世界最古のステンドグラスは、すでに「西暦500年頃に建てられた建てものに、ステンドグラスの痕跡が残っていた」といわれていますから、そこから単純に計算すると、もはや一世紀半もの長い歴史を誇っています。

その間にはさまざまな変遷が見られ、流行りすたれの波もありました。ここでは、ステンドグラスが今まで人類とどう関わってきたのか、一緒にみていきましょう。

ステンドグラスの世界史

世界最古のステンドグラス

6世紀頃に建てられたと見られる、イスタンブールの寺院にはステンドグラスだったと見られる痕跡が残されています。これが本当にステンドグラスであれば、最古のステンドグラスとなります。しかし痕跡なので、はっきりとステンドグラスだと認められたわけではありません。

もっと確実な話では、7〜8世紀ころには、フランスでステンドグラスの原型が残されています。これが現存するステンドグラスの元祖とされています。さらに1世紀ほどが過ぎた9世紀頃には、ステンドグラスの基本形である、H型の鉛のレールでガラス同士を組み合わせる基本的な技法が確立しました。

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中世ヨーロッパとステンドグラス

ステンドグラスといえば教会といったイメージがあるように、ステンドグラスとキリスト教には深い結びつきがあります。モチーフにも積極的に関連図柄が取り入れられるようになりました。特に好まれたのが聖書の一部を図案化したものです。また、技術にもより磨きがかかり、ステンドグラスの技法はこのころですでにほぼ完成したといえるでしょう。

11世紀頃から始まったステンドグラスの黄金期とも言えるこの時代には、各地でさまざまなステンドグラスが作られ、現在では世界遺産になっているものまであります。

ステンドグラス絵画の台頭

それから15世紀近くまでステンドグラスの黄金期は続きますが、この頃から次第に技法が変わってくるようになりました。具体的には色ガラスをはめ込むレディドグラスに替わり、絵柄を焼き付けるステンドグラスが主流になってきたのです。これらは、写実的にモチーフを描写することが出来たので、特に富裕層に対して人気を博します。

しかし、ガラスに絵をつけるという事は、ステンドグラスの命といえる透過光の減少を招きました。また、粗製乱造の品物が増えたこともあだになって、次第にステンドグラス人気はおとろえていきます。特に16〜18世紀はステンドグラスにとっては長い「冬の時代」となってしまいました。

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近代・ステンドグラスの復興

19世紀になると、ステンドグラスの材料になるガラスの質が向上したこと、さまざまな画家やその技法が確立し、ステンドグラスにも多用な方向性が見え始めたことなどから、次第にステンドグラス復興の兆しが現れました。そして、20世紀になると大量生産・画一的な商品に物足りなくなった人々が回顧主義ともいえる手作りの商品を求めるようになりました。特にステンドグラスは、その芸術性と工業性が認められ、復権を果たしました。

古き良き時代〜アーツアンドクラフツ

19世紀末頃に活躍したイギリス人、ウィリアム・モリスの提唱した「アーツアンドクラフツ」という運動は、もともと産業革命後の大量生産、均質化した商品に対する苦言でした。古きよき時代に帰ろうという中世回帰を目標に、手作り、職人というものに重点を置き、手作業のよさを見直す運動だったのです。

モリス自身も、高品質な手作り工業作品を取り扱うモリス商会を設立し、芸術工芸作として販売しました。もちろんその中にはステンドグラスも多数含まれていたのです。手作りの品は高くつくので、お金持ちにしか買えないという欠点はあったのですが、ステンドグラス自体が富裕層にしか用のない品物だったので、さほどの影響はでませんでした。そのため、ステンドグラスはモリス紹介の扱う商品の主力となったのです。

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ティファニーテクニック

19世紀末、もう一つの技法が開発されます。いまや世界で有名な宝石商、ティファニーの長男が作り出したとされるティファニーテクニックです。今まで平面でしか表現されなかったステンドグラスを立体造形に変え、しかも鉛テープではんだ付けするという技法を生み出したのです。そのため、いままではありえなかった細かい表現が可能になり、ランプやパネル式アートなどさまざまな作品を生み出していきます。

この技法には2つ特筆したいことがあって、ひとつはあくまで色ガラスを組み合わせたものであり、ステンドグラス本来の透過光を楽しむ目的に立ち返ったものであること、もう一つがランプなどに使用することによって、太陽光ではない、人工的な光での透過光を楽しむことが出来るようになった事です。

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